天気の子はメッセージにあふれている!今と未来を生き抜く3つのヒント!

天気の子の映画を見たときあまりピンとこなかったんですが、小説を読んでみたら、天気の子は私たちへのメッセージそのものだとわかりました。映画に描かれてなくて小説に書かれていることは少ないのですが、映画の場合、1回見ただけだとよく理解できない作品ってありますよね?私の場合は小説を読んだことで、すっごく理解できたんですよね。3つの視点にわけて書いていきます。

ほだかのように自分の人生を生きよう

天気の子_メッセージ-1

 

自分の人生を生きるというメッセージですが、これはほだかの行動からわかります。

 

映画か小説を読んでいたらわかると思いますが、ほだかは警察署を逃げ出してあの世に行ってしまったひなを探しにいきます。ひなに会いたい一心で、山手線の線路を走るし、第三者から見ると、とんでもない行動をしている少年です。

 

ですが、ほだかはひなにどうしても会いたくて、他人の目なんか気にしないし、法律をおかしてもかまわない、とにかくひなに会いたい気持ちだけで行動します。

 

須賀さんには、「大人になれ」と言われたこともありますが、この大人になれとは、世間の常識を身に付けろという意味ですね。

 

新海監督は、誰か一人、常識を持つ人物が必要とのことで、この役割りをしているのが中年男性の須田さんです。個人的には、高校生の子に食事やビールをおごらせるという登場シーンから、危ないオジサン・・・、って印象だったので、監督の常識人としての須田さんと聞いて、「えっ」と思ったんですが。しかも、仕事がオカルトや都市伝説のライターで、世間が想像する常識人とはちょっとかけ離れているな~という印象でした。

 

ですが、映画がすすむにつれ、ほだかに捜索願いが出ていたり銃を所持していたことを知ると、家に帰るように説得したり、警察へ一緒に行こう、というシーンなどから常識人だと伝わってきました。

 

ほだかは須田さんの説得には従わないし、むしろ、なんでわかってくれないだ!須田さんのことは好きだし、好きな相手にまったくわかってもらえないことに納得できず、ひなに会いたい、という自分の気持ちにのみ従って行動します。

 

そして、最後に、須田さんはほだかの願いを受け入れます。

 

あんなに常識人だったのに、警察を殴りつけてほだかをひなの元へと行かせるわけですが、このシーンにメッセージを感じました。もう世間の目や常識というレールの上を生きるのではなくて、自分自身のレールの上を生きようということです。

 

実際、私たちを取り巻く環境は変わってきていますよね。昔は、一流大学を出て一流企業へ就職すれば人生安泰だといわれていたし、日本は定年するまで一つの会社に勤める風習がありましたが、それらは全部崩壊していますよね。

 

また、新海監督自身も、天気の子は批判されてもいいと思って作った作品です。

 

昔の常識が通用しない時代になっているのに、世間の目や常識にとらわれて生きていると苦しいだけ、それよりも自分自身の人生を生きよう。ということです。

 

天気の子の大丈夫とは!?

映画の中や小説にも「大丈夫」の言葉が度々登場します。そして、映画の最後に、RADWINPSの『大丈夫』の曲が流れます。作曲した野田洋次郎さんが、新海監督から脚本を読んでくださいと渡されて出来上がった曲の一つがこの『大丈夫』でした。

 

監督は最初この曲を聴いたとき、天気の子には合わないと思ったそうですが、最後の演出に悩んだとき、野田洋次郎さんに相談し、そのとき、この曲に全部ある。と思い、最後が出来上がったそうです。

 

天気の子で使われている大丈夫とは、どんなことが起こっても大丈夫だよ。という監督からのメッセージのように感じました。前作の『君の名。』では、彗星が落ちて村が消滅して村民たちが亡くなったわけですが。彗星が落ちる前に、村民たちを非難させ救いました。

 

ですが、天気の子では、災害をなかったことにはせず、大雨がつづいて東京の一部の土地が水没して世界は変わったけど、大丈夫だよ、それでも生きていけるよ。というメッセージのように思えました。

 

現実でも、天候は不安定で、晴れているのに一部の地域にだけ大雨が降ったり、水没したりしていますよね。時々、地震も起こります。

 

変わったのは天候だけではありません。君の名は。と天気の子のちがいの一つに、登場する食べ物があげられます。君の名は。では、瀧の体になった三葉は東京のオシャレなカフェでパンケーキなど、高校生にしては高価なスイーツを頻繁に食べています。

 

ですが、天気の子では、ジャンクフードやインスタント食品ばかり出てきます。しかも、ほだかたちはご馳走だと言っています。新海監督自身、3年前と今とでは時代が変わったとインタビューで語っているとおり、インスタント食品がご馳走になってしまうくらい生活水準が苦しくなったことが表現されています。

 

消費税が上がると、生活はさらに大変になりそうだし、天候は異常だし、でも大丈夫だよ。と監督が天気の子の作品を通して、エールを送っているように思えました。

 


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世界は変えることができる

天気の巫女として活動したことで、人柱となってあの世に行ってしまったひなをほだかが迎えに行き、あの世からこの世へひなを連れ戻したことで雨がずっと降り続くことになり、東京の一部は水没してしまいました。

 

ほだかは自分たちが世界のかたちを変えてしまった。と言いますが、須田さんは、ちがうと言います。つまり、世界は変えることができない。自分たちの行動で世界を変えることなんてできない。という意味です。

 

須田さんはほだかに気にするな。君のせいじゃないよ。となぐさめのセリフかとも思えますが、うぬぼれるな、とまで言っているので、なぐさめじゃなくて、世界は変えることができない。と本気で思っていると解釈できます。

 

ですが、実際に東京の街を変えてしまったのはほだかの行動が原因なので、世界は変えることができるということです。

 

また、須田さんは、世界は元々狂っている。と言っています。狂った世界でも自分たちで変えることができるよ。というメッセージに聞こえませんか?

 

まとめ

天気の子の映画を見たとき、あまりメッセージを感じなかったのですが、小説を読んでみたら、この映画は新海監督のメッセージが詰まっている作品だとしか思えませんでした。

 

と同時に、新海監督は優しくて愛であふれた方なんだと思いました。

 

監督は、野田洋次郎さんのことを愛の人だと絶賛するとともにとても信頼されていますが、監督自身も愛の人であることがわかります。

 

そんな愛にあふれた二人が作られた映画は、私たちに、世界は変わったんだ、もう世間の目を気にすることなく、自分の人生を生きていい、いや、もう自分の人生を生きなきゃいけない時代になった。これから大変なことも起こるだろうけど大丈夫だよ。自分たちで世界を変えることはできるんだよ。というメッセージがつまった作品なのだと思いました。