パラリンピックはいつから始まったのか?開催の目的と歴史

スポンサーリンク

 

パラリンピック大会は、オリンピック大会と同じ年に同じ都市で、4年に1回開催されます。西暦年を4で割り算して割り切れる年に開催になります。いわゆる「閏年」です。

 

「閏年」に開催される大会が夏季大会で、オリンピック大会開催後にパラリンピック大会が開催され、2年後の冬季オリンピック大会の開催後に、冬季パラリンピック大会が開催されます。

 

今ではオリンピックと同様にパラリンピックも注目されるようになり、開催を重ねる度に観客動員数も増えてきています。

 

また、TVなどのメディアで選手の活躍を見る機会が増え、CMなどでも見かけるようになりました。

 

パラリンピックはいつから始まったのか気になったので調べていたら、パラリンピックができた経緯なども知ることができました。

 

まったく知らなくて応援していたので、調べてみてとてもよかったなと思いました。パラリンピックがいつから始まったのか、目的や歴史などの情報をシェアしたいと思います。

 

2020年のパラリンピックを楽しむためにも、知っておいた方がいいと思いますよ。

 

スポンサーリンク

パラリンピックの名前の由来

 

paralympics1

 

パラリンピックのパラリンとはどういう意味なのかと思ったら、当初は、「Paraplegic Olympic(対麻痺者のオリンピック)」だったことがわかりました。

 

その後、「Parallel+Olympics(類似した同様のオリンピック)」に変わりました。

 

パラリンピック大会と呼ぶようになったのは、今から30年前の1988年に開催された大韓民国のソウル大会からです。

 

以前は「障害者国際競技大会」と言われ、60年前の1960年から始まりました。

 

1988年の大韓民国で開催されたソウル大会までは「国際オリンピック委員会(IOC)」が統括して運営していましたが、翌年の1989年に「国際パラリンピック委員会(IPC)」が設立されて、障害者競技全体がIPCに移管されて統括・運営されています。

 

パラリンピックの歴史

 

「障害者国際競技大会」は、第二次世界大戦で負傷した負傷兵のリハビリテーション成果を競技する大会が病院内で開催されました。

 

1948年に前身の大会がイギリス連合王国のロンドン「ストーク・マンデビル」病院で開催されました。車椅子競技大会の始まりです。

 

主に脊髄を損傷した兵士を対象に実施され、1952年には国際大会になりました。

 

「障害者国際競技大会」と呼ばれていた国際大会の第1回は、1960年に実施され「ストーク・マンデビル大会」として開催されました。

 

世界中の障害者を対象に「国際ストーク・マンデビル大会委員会」と言う組織ができました。

 

1960年にイタリア共和国のローマで開催された大会が第1回パラリンピック大会と位置づけられました。

 

パラリンピックいつから始まった1

 

この時、世間の人々は車椅子での競技があることを知り、車椅子で競技ができることに驚いたようでした。

 

第2回大会は4年後の1964年で開催地は東京でした。当時はメディアで紹介されることはありませんでした。

 

この時は、「第13回国際ストーク・マンデビル競技大会」と言いました。最近になって当時の白黒映像が紹介されるようになりました。

 

パラリンピックと呼ぶようになった1988年のソウルパラリンピック大会から、静止画像で大会が開催された紹介はありましたが、認知度は低かったようです。

 

バリアフリー・ユニバーサルデザインと言う用語も普及されておらず、障害者を支援する意識が無い時代でした。

 

1988年のソウルパラリンピック大会では、参加国61カ国・4,200人の障害者が参加されるまでに発展していきました。

 

第10回のアメリカ合衆国・アトランタ大会では参加国が100カ国を超えるまで発展して、前回のブラジル連邦共和国・リオデジャネイロ大会では、参加国159カ国・4,400人の障害者アスリートが参加する規模に発展しました。

 


スポンサーリンク

パラリンピックの目的

 

パラリンピック_兵士

 

当初、パラリンピックは第二次世界対戦で負傷した兵士のリハビリテーションを目的にしていました。

 

「治療・出術よりもスポーツで社会復帰」の理念で始められました。スポーツを介してリハビリテーションを実施し負傷兵の社会復帰を目的にしていました。

 

現在は、2018年2月に開催された大韓民国・平昌(びょんちゃん)冬季オリンピックでは、ドーピングによりロシア連邦の参加が認められず、個人の参加になりました。

 

パラリンピック大会も同様で、ドーピングの疑惑を持たれる選手が後を絶ちません。

 

また、近年では障害偽装と新たな問題が生じています。健常者が障害者と偽りパラリンピック大会に参加してメダルを取得する・入賞するなど悪質な事件がありました。

 

パラリンピックの意義は、健常者・障害者のバリアを無くし共生社会を実現化することです。

 

社会の中にある実質的なバリア無くし(建物・公共機関・インフラのバリアフリー)、人同士のバリアを無くことにあります。

 

パラリンピック旗

 

 

また、パラリンピックシンボルマークは「フリーアギトス」と言います。

 

「アギト」はラテン語で「私は動く」を意味し困難があっても諦めないで、挑戦することです。「アギト」はパラリンピアン(パラリンピック選手)を示しています。

 

旗は「赤・青・緑」の三色でデザインされています。世界各国の国旗にも採用されている三色になっています。

 

3色には、心(スピリット)、肉体(ボディ)、魂(マインド)の意味が込められているそうです。

 

最後に

 

パラリンピック大会の当初は、戦争による負傷兵のリハビリテーション目的で開催されました。

 

しかし、1945年第二次世界対戦終結後、現在まで戦争・内戦が絶えません。特にアメリカ合衆国は、2001年9月11日の大惨劇「同時多発テロ事件」から同盟国との軍事行動により負傷兵は増加しています。

 

第二次世界大戦終結後と同様に、負傷兵がリハビリテーションをしてパラリンピックに参加し、優秀な成績を収めています。

 

当初は、戦争による負傷兵のリハビリテーションのために開催されたわけですが、近年では、事故・疾病・出生時からの障害を持つ選手たちも大勢活動されています。

 

義足などの技術の発展と共に、そう遠くない未来には、健常者とパラリンピック選手との区別なく、合同で開催されるような時代がやってくるのかもしれません。

 

そのような社会になった時、パラリンピックが意義する「健常者と障害者のバリアがない共生社会」が現実になるのかもしれませんね。

 

おすすめ関連記事

 

● 東京オリンピックのボランティアで求められる英語力!資格は必要?

● 2020年東京パラリンピックで選ばれた新種目と競技内容!

タイトルとURLをコピーしました